この頃ようやく仕事に慣れてきて、担当している案件も大方順調に進んでいます。ついこの間までは日本人がただの一人もいない職場で働くなど到底不可能なことのように思えていたのですが、今ではミーティングの仕切りすらやっており、人間の適応力ってすごいですね。英語のリスニング力も大分伸びてきている。でもたまに、家に帰って一人でいる時やバスでの移動中などに、いつまでドイツ生活を続けていけるのだろうかという考えが、ふと頭をよぎる瞬間があります。何かのきっかけですぐに駄目になってしまう気がして、、。このぼんやりとした不安は海外で暮らす人は皆感じているのでしょうか。なるべく先のことを考えないように気を付けながら、目の前の仕事に集中しています。
私が勤務している会社はドイツ系の電子機器メーカーですが、商品に搭載されているデバイスは驚くほどに日本製が多く、例えば画像処理プロセッサ、各種センサ、液晶ディスプレイ、記録メディア等のキーデバイスはどれも日本製です。私は半導体集積回路や画像処理を専門とするエンジニアですが、上記の事情から日本メーカーとの技術交渉の窓口としての役割も任されています。というのも、海外メーカーからすると日本メーカーはとてつもなくとっつきにくいのです。それは日本人(のエンジニア)が英語が苦手なことや、日本特有のはっきりとものを言いたがらない文化によるところが大きいようです。現職場の資材部は、これまでに幾度となく日本メーカーへのコンタクトに失敗、又は交渉が難航した経緯から、有望なデバイスを見つけてきても、それが日本製であることが判明すると落胆の表情に変わります、、(これからはそんな時が来たら私の出番です。)しかしながら上記の困難を承知の上でなお、海外企業が日本のデバイスを使おうとするのは、一重に日本の技術力が素晴らしいからです。日本のものづくり品質が海外から評価されていることは、ドイツに住んでいるとひしひしと感じますし、そのことは私も日本人として誇らしく思います。ただそれ故に、内に閉ざされた開発環境がもったいないとも思う。(日本の半導体技術の躍進はこの鎖国的状況が追い風になった部分もあるとは思うけれど)
先日もある日本メーカーから5名ほど技術交渉にはるばるドイツまでお越し頂きました。現在あるキーデバイスの生産委託をさせて頂いているメーカーで、実は私が日本時代に勤務していた会社です。しかも内1名は同じプロジェクトを担当していた知り合いでした(笑)名刺を交換しながら、世界って狭いですねって、、、ばっちり競合メーカーに転職している身分なので、気まずすぎ(笑)
その会議は日本時代の辛い記憶がフラッシュバックするような内容でした。会議中に相手方のマネージャーが、部下の若い設計リーダーに(日本語で)パワハラまがいの言動を繰り返していたからです。その設計リーダーは拙い英語でドイツ側にプレゼンを試みるのですが、まったく余裕のない様子で、見ているこちらが辛かったです。頭にあるのはその場をいかに上司の機嫌を損なわないように切り抜けるか、ということだけでしょう。マネージャーは設計リーダーのプロジェクトに対する理解の浅さ、英語の不勉強を人前で散々馬鹿にしていましたが、私はその設計リーダーは決して能力が低いわけではないと思っています。ただじっくり考える時間がないのです。英語の勉強もしたくてもできないのです。というのも、その設計者にドイツ時間の夕方にメールを出してもいつでもその日中に返信があります。時には5時過ぎに返信があるのですが、それって日本では夜中の1時過ぎだけど終電大丈夫なのか?とこちらが心配になります。時には私の方が先に帰っていて、その日中に応答できないこともあります笑(私は大体5時には会社を出るので)
この残業文化が、日本の鎖国感と深いところでつながっている、と思います。私も日本時代この設計リーダーとほとんど同じ生活をしていました。日本メーカーにとってスケジュールは死守すべきことであり、マネージャーは部下にパワハラをしてでもやり通さなければ、自分の査定に響くのです。先の設計リーダーがどれほどの精神的ストレスを抱えているか、私にはよく分かります。
一方で有名な話ですが、ドイツ(というかヨーロッパ)の企業は残業をしません。私の職場もそうです。皆スケジュールに対して無頓着で、というかスケジュールなどそもそもあってないようなものです。だから、残業をせずに済む。私の職場では日報や週報すらもありません。ヨーロッパには、基本的に人間は気ままなものであるということを理解する文化的土壌があると感じます。その上でそのような人間たちが集まって前例のない新しいデバイスを生み出そうとする時に、どのくらい期間がかかるかなど予測できるわけがないという共通認識の基に開発をしています。もしスケジュールを予測できるとしたら、その試みは最初からその程度のものでしかなく、本当にはチャレンジングなことをしていない、と考えるのです。だから、スケジュールが遅延しても誰も責任を問われることはありません。ドイツに来て最も日本の職場との違いを感じるのはここです。そしてこの点に関して、私はドイツの職場の方がまともだと思います。少なくともドイツ式で仕事をした方が楽しい。またエンジニアの成長という観点でも重要なポイントです。日本でくすぶっているエンジニアは、海外に出ればいいのにと思う。時間的、精神的に余裕のある職場の方が、クリエイティブなことはしやすいに決まってる!
今の職場にいるエンジニアは、ゆったりとものづくりを楽しんでいます。普段は口数が少なくても技術の話になると生き生きとしてくる人が多く、自分に似ているなと思う(笑)職場にはドイツ人だけでなく、私のような移民が世界各地から集まっており、インターナショナルな国籍構成になっていることも、逆に人間関係のこじれが生まれず良いような気がします。そして何よりも、パワハラなんて頭の悪いことをするマネージャは一人もいません。そういう人間の自由さ、気ままさを理解しない発言をすることは、一番恥ずかしいことだと皆が理解しているからです。
こちらでは毎日、まだ人のあまりいない早朝に写真の並木道を通って会社まで通勤しています。最近は大分冷たくなってきた空気の中をずんずん歩いていくと、五感が冴え渡って雑念が飛んでいくような気がします。疲れが残っているような日でも、並木を抜ける頃には今日一日を駆け抜けていく力が湧いてくる気がするから不思議です。一日の中で一番好きな瞬間です。