1年ほど前に腰痛を発症してからというものなかなか治らないため、私なりに原因や治療法を調べているのですが、その過程で非常に面白いことがわかってきました。どうやら最新の医療では「長く続く慢性腰痛は腰ではなく脳が原因」という認識にシフトしてきているらしいのです。
これは非常にトリッキーな話なのですが、通常腰痛は椎間板の突出や筋肉の癒着等が腰の神経を刺激し、それが脳の痛みを感じる箇所まで電気信号として伝わることによって発生します。しかし問題がある腰の部位自体はほとんどの場合放っておいても3ヶ月程度で治ることが分かっているため、腰の手術は今は昔ほど行われていません。(私も腰痛発症からしばらくして病院で腰のレントゲンを撮りましたが、全く異常は見られませんでした。) では長引く慢性腰痛は何故起きているのかというと脳がバグを起こしているから、らしいのです。つまり、既に腰は治っているのに脳が"幻の痛み"を勝手に感じ続けているというのが最先端医療の認識です。そして(ここが重要なのですが)、脳がバグを起こしている原因はストレスや痛みに対する恐怖心だと考えてられているのです。私の場合ドイツに来て周囲の環境がこれまでと大きく変わったことで、知らず知らずストレスを感じていたのかもしれません。
現在特に欧米の腰痛治療は、手術ではなく脳のバグを取り除く運動療法にシフトしつつあります。従来はぎっくり腰はもとより慢性腰痛患者にも安静にさせるのがセオリーでしたが、今は逆に医者が体を動かすことを患者に勧めるのです。これは腰痛に対する恐怖心を取り除き、脳の痛みを感じる神経回路を正常化させるためです。このアプローチは鬱病の治療にも用いられる認知行動療法に分類されます。
一方、腰痛治療費の負担が国の財政上の問題となっていたオーストラリアでは、国の施策として公共の電波を使ったコマーシャルを定期的に打ち、腰痛の正しい知識と共に「腰痛は必ず治るものだ」と心配に値しないことを国民にアピールしたところ、それ以降腰痛患者が劇的に減少したという興味深い実例があります。つまり、腰痛を改善するために運動をすること自体にポイントがあるわけではなく、ストレスや恐怖心を下げられれば効果が出ることが示されたわけです。
ちなみに脳が身体感覚にエラーを起こすこと自体はこれまでにも報告例がありました。神経学者や脳科学者によって研究されてきた代表的なものとして幻肢があります。幻肢とは事故等で手足を切断してしまった患者が、失われた手足が未だに存在するように感じる症状のことです。患者は驚くべきことにイメージの中で手足を自在に動かすことだってできるらしい。無いものがまるでそこに在るように感じながら。(切断前に腕が痺れていた患者は切断後も腕の痺れに苦しめられるらしいです。)また手足だけでなく内臓を摘出した患者にさえ幻肢が報告されています。
幻肢も最初は切断された箇所の神経が原因だと疑われていました。しかし、その神経を切除してもなお幻の感覚や痛みが残り続けることから、今では脳が原因だとされています。
私にはこれらの話が未だに不思議でならないのですが、つまり身体感覚というのは結局のところ、体を通した経験によって脳が作り出す主観的なイメージのようなものなのでしょう。そして脳がエラーを起こしたら、その脳に外から働きかけて"再学習"を促すことによってイメージを修正するしかない、ということ。科学って本当にすごいですね。。ここまで分かったら、私はもう腰痛解消の一歩手前まで来ているような気がします。
念のため以下に参考にした本と動画のリンクを貼っておきます。いつか誰かの役に立つかもしれませんので。
慢性腰痛の発生メカニズムが詳しく説明してあります↑ 付属のDVDで”脳リハビリ”のためのストレッチの仕方が学べます。(私もこれからやっていく予定)
神経科学者ラマチャンドランのTEDトーク↑ 幻肢の患者の”脳のエラー”を修正するために彼が考案した独創的なアイデアについて解説しています。