脱力系ぷかぷかドイツ日記

省エネぬくぬくドイツ暮らし

ヘッセン州の田舎町でデジカメの開発してます

人生の雨宿り

 先日不意に、とある恋愛映画を観ました。金曜の夜仕事から帰ってきて映画でも見ようかと思いAmazonプライムビデオをだらだらスクロールしていたら、その映画の広告サムネイルがなんとなく目に留まったので、あらすじや監督名には一瞥もくれずにいきなりレンタルのボタンを押したところ恋愛(及び青春)映画でした。(疲れていたのでどうでもよかった)

 筋を簡単に言ってしまえば、陸上のスター選手の女子高生がある日練習中に怪我をしてしまい、絶望してふらふらしていたのだけれど、雨宿りのためにふと立ち寄ったファミレスの店長の何気ない優しさが心に沁み、冴えない中年のおっさんであるにもかかかわらずその人に恋をし、そのファミレスでバイトを始め、挙句の果てには告白までしてしまう、という話です。すごくいやらしい話ですね。案の定歳の差が障害となり、告白した方もされた方も悩みまくった挙句、結局二人はうまくいきません。でも映画のラストに向けて(酒のせいか)不覚にも少し引き込まれてしまったのですが、二人は心を裸にしてぶつかりあったおかげで吹っ切れ、憑き物が落ちたような心持ちで互いの日常に帰っていき、女子高生は再び陸上の夢を、おっさんの方は忘れてかけていた小説家の夢を追いかけ始めます。

 この映画には”人生の雨宿りの物語”というコピーがついていて、絶妙だと思います。本来いるべき場所(もしくはいるべきか迷っている場所)から一人でぽつんと何らかの事情ではぐれているとき、そこで過ごすつかみどころのない時間は逆に忘れがたい記憶になる。

 小説家の遠藤周作は若い頃大学に嫌気がさして足が遠のき、その代わりに毎日湘南に行って海辺で聖書を読み続けたエピソードをあるエッセイにつづっています。私はその話を大学受験の時に読んで感動しました(タイミングが悪い)。未だに度々思い出す程です。もちろんそんなことをしても何かが変わるわけではないのだろうけれど、その行為自体に胸を打つものがあります。彼にとってもわざわざエッセイに書くぐらいには、印象的な記憶なのでしょう。

 私の”雨宿り”の時期はフィリピン留学時代かなと思います。30歳の時日本の職場に嫌気が差し気が触れたように会社を辞めて、フィリピンのセブ島に渡り、語学学校で8か月間英語の勉強をしました。英語を身に付けて今度は海外で働きたいと思っていました。このように旅行や勉強のために人生の節目で設ける空白期間を”Gap Year”と呼び欧米では珍しくないらしいですが、日本人には馴染みが薄いですし、現に日本での再就職も視野に入れるなら私のしたことは大きなリスクです。(履歴書に空白期間があるとまずいという例のアレです。本当にくだらない。)

 セブ島での生活は昼間に学校の授業に数時間出席する以外にやるべきことは特になく、気楽で自由な反面、留学後に対する不安を抱えて過ごしました。また英語の勉強も本腰入れてやるのは初めてだったし、何よりそれまでの長時間労働から唐突に解放されたことによるあのふわふわした感じはこれまでに経験したことがないものでした。観光をするほどの貯金もなかったため、バカンス目的で来ている学生達とは距離を置いてつきあい、毎日淡々と英語の勉強をしていました。現時点から振り返ってみると、セブ島にいた間の記憶にはぼんやりと霞がかかっているような感じです。留学生や先生達とどんな話をしたのか上手く思い出せない。その割にセブ島の雑多な街並みは異常な程に鮮明に記憶していて、目を閉じれば即その場所に戻ることができる気がする程です。滞在中のセブ島はちょうど雨季で、良く煙草を吸いながら雨が止むのを待っていました。記憶の中で喫煙所の軒下に立ちまっすぐに叩きつけるスコールを眺めれば、当時どうにも振り払えなかった不安もありありと蘇ってきます。

 そして今私がいるのは冬本番の中央ドイツ、常夏のフィリピンとは対照的に最低気温-20℃の白銀世界です。熱帯特有の生暖かいセブ島の空気は、前世の記憶のように一層非現実的なものに思えてきます。自分でも驚いたのだけれど、フィリピン時代の写真を探しても一枚も見つけられなかった(笑)何枚か写真は撮った気がするから、SDカードをセブ島に忘れてきたのでしょうか。