ぷかぷかドイツ日記

ぷかぷかドイツ日記

2018年にドイツに移住したチンピラのぷかぷか日記です。

本)夏物語_川上未映子

夏物語 (文春e-book)

夏物語 (文春e-book)

 

  この小説は精子提供をテーマに現代の世相を反映した作品です。主人公は30代の独身女性で、且つある事情で性行為ができないのですが、子供を持つことを望み精子提供の道を探りはじめます。私としては今までノーマークだったテーマですが、この小説をきっかけに現在は精子提供でものすごい数の子供が生まれていることを知りました。今はもうパートナーがいなくても、女性がそう望めばシングルマザーになれる時代なのです。

 女性が精子を手に入れる方法はいくつかあるようですが、病院や精子バンクの他に精子提供ボランティアがあります。つまり子供を望む女性に、赤の他人である男性が排出済みの精子を注入器具と共に渡すのです。たとえばこの記事の男性は26歳にして40人以上の父親(!)で、性病検査結果など精子のデータまでつけて無償で提供しているそうです。トラブルを避けるために匿名を通しているようですが。

times.abema.tv 私はモラルの議論については特に関心はありません。両親の間に愛がなければ子供はまともに育たないだとか言う人もいるのでしょうが、そんな事数えきれないくらい例外はあるのですから。当事者が納得するなら精子提供ボランティアに問題はないと私は思います。(もちろん、生まれてきた子供が大きくなって自分の出自をどう思うかは別問題ですが。これも今回の小説のテーマです。)

 それより私がひっかかるのは、親になる大人達のモチベーションです。この男性は自分が死ぬ前に「世界に何かを残したい」といって精子提供をはじめた、と言っています。そして女性側はパートナーを持つことをすっとばして、いきなり子供を望むのです。その体の半分が自分の知らないところから来ることになっても、です。こんな時代ですから、シングルマザーとして子供を育てることがとてつもなく大変であることは皆認識しているはずです。私は子供を持つことに関心がないので、彼ら彼女らはあまりに自分と違って、「本当には何がしたいのか」と正面切って考えようとしても、どうにもうまくいかないのです。。世界に何かを残したいと思うのは自然な発想ですか。そしてそれは誰のためなんだろうか。自分のため?子供のため?(批判しているのではありません。)

 全く話は変わりますが、この小説の中でNASAのボイジャー宇宙探査機の話が出てきます。この無人探査機は1977年に地球を飛び立ち、既に惑星探査のミッションは終えましたが、今も地球と交信しながら宇宙空間で飛行を続けており、地球から飛び立った人工物の中で最も遠い場所にあります。現時点で地球から二百億キロ離れているらしい。そしてボイジャーが物体(つまり恒星)とすれ違う間隔は数万年おきらしく、その間はただ暗闇が広がっているだけで本当に何もないらしいです。この小説の中である登場人物が昔父親にボイジャーの話を聞かされて、ボイジャーに比べたらお前の孤独など大したことない、だから元気を出せ、と度々言われたことを回想するシーンがあり、ここがとても好きでした。この場面で、ボイジャーが地球外知的生命体に向けたいわゆる"地球のタイムカプセル"を積んでいることも触れられています。黄金色のレコードの中には地球の自然や、人類の文化に関する様々な音や画像が納められています。遥かずっと先の未来に太陽が燃え尽きるときが来て、銀河系自体もなくなるときがやってきて、でもその時もボイジャーだけは銀河系の外側を直進するのです。地球に人類が存在した唯一の"記録"と共に。

 私は普段未来の世界について、あまり考える機会がありません。というか自分自身の将来のことさえ、意図的に考えないようにしています。それより今だけに意識を集中したほうが、物事が上手くいくことを学んできたからです。でもこの小説では子供の話にしろ、ボイジャーの話にしろ、死後の世界に対する想像や具体的な行動が、当人の今まさに生きている人生に分かちがたく影響する様が描かれていました。そして、誰しもが人生のどこかの段階でそういう想像力を持ち得るのかもしれないという(私にとっては)斬新な予感を、読み進める間中覚え続けました。

 私は子供が欲しいと思ったことはないけど、いつか気になったりするのかなぁ。。?もしくは例えばその辺にいる子供達の未来への心配が、自分の生き方を変えるかもしれない。今のところ私が考えることと言ったら、奨学金と車のローンは必ず払い終えて周囲に迷惑をかけずに死にたいということだけです。スケールが小さいですね(笑)

 ボイジャーのレコードには当時のアメリカ大統領の言葉も電子的メッセージとして収録されていて、これを読んだとき気持ちが軽くなった気がしました。人類が生きる意味が、このコンパクトな文章の中に絶妙に表現されていると思ったからです。

「これは小さな、遠い世界からのプレゼントで、われわれの音・科学・画像・音楽・考え・感じ方を表したものです。私たちの死後も、本記録だけは生き延び、皆さんの元に届くことで、皆さんの想像の中に再び私たちがよみがえることができれば幸いです。」

アメリカ合衆国第39代大統領ジミー・カーター 

引用元:ボイジャーのゴールデンレコード - Wikipedia