脱力系ぷかぷかドイツ日記

脱力系ぷかぷかドイツ雑記帳

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本)敏感すぎるあなたへ 緊張、不安、パニックは自分で断ち切れる__クラウス・ベルンハルト__2018

 この本は不安神経症やパニック障害の発生メカニズム及び治療法について書かれたものです。私自身は今は健康ですが、昔一度だけ精神を病んだ経験から人間の心理に興味を持つようになり、たまにこのような精神医学に関する本を読んで勉強しています。当書中にて解説されている治療法は画期的で、且つ随所に元気をくれる言葉がちりばめてあり読み物としても楽しめました。

 この本の全ての土台になっているのは「何度も繰り返される思考は、脳内の神経ネットワークが強化されることにより自動化される」という脳科学の知見です。例えば何度も同じ英単語に出会うと瞬時に意味が出てくるようになる、というようなことです。そして重要なのは、これは無意識の次元でも同じことが起きる点です。つまりいつもポジティブにものを考える人は無意識レベルで"自動的に"世界がポジティブに見えるし、ネガティブな人は逆のことが起こるということです。

 いつも慎重に生きている人は確かに失敗を事前に回避できるかもしれませんが、世の中のネガティブな点を見つけ出す脳神経ネットワークが強化されているので、その逆にポジティブな点(楽しいことや嬉しいこと)を見つけ出すネットワークが衰えており、その点では大損しているのです。言われてみれば確かに、いつも石橋を叩いて渡る人の中に幸せそうな人や偉大な成功者はいない気がしますよね。このようにいつも「何か良くないことが起こるのではないか?」と考えていることを"防衛的悲観主義"というらしく、これが行きすぎると不安障害やパニック障害につながります。

 でも逆に言えば、どんな人でもポジティブに振る舞っていれば、無意識下で学習が進みポジティブな脳に生まれ変わることができるということです。これはなかなか新しい視点を私に与えてくれました。ポジティブに生きる上で大事なのは"習慣"であり、生まれつきの性格や過去のトラウマ、幼少期の親からの影響などはほとんど関係ない、というのが現代脳科学の主張なのです。

 例えば「幼少期に親から虐待を受けた人は、その後親になった時自分の子供に虐待を繰り返してしまう」という世間でよく言われている話がありますよね。実際何もしないでいるとそのような傾向があるのは事実なのですが、適切なメンタルトレーニングをすれば驚くべきことにたった数週間で改善されるらしい。当書の主張を私なりに解釈すると「虐待を受けたこと」より、「虐待を受けた人は虐待を繰り返してしまうという話を信じてしまうこと」の方が実質的には虐待の原因になっているようです。子育ての最中にその話を度々思い出すことによって無意識にネガティブな脳神経ネットワークを強化してしまうからです。(ちなみに"精神分析"と呼ばれる過去のトラウマとなっている記憶に医師と共に立ち返る手法は今もなおごく普通に行われていますが、痛みを思い出しネガティブネットワークを強化する点で、治療法としてナンセンスであることが分かってきています。)

 また当書にて、脳にポジティブなネットワークを作るためにマッスルメモリー(=筋肉の記憶)を使うというとても興味深い治療法について触れられています。ある研究グループが行った実験の話ですが、2つの被験者グループに同じマンガを読んでもらいました。その際一方のグループにのみ歯と歯の間に鉛筆を挟んだ状態で読んでもらいます。すると鉛筆を挟んだグループの方がマンガを高く評価したのです。これは、鉛筆を挟んでいるときの顔の筋肉の状態が笑った時の筋肉の状態と近いことにポイントがあります。本来笑顔が作られるときは、先に脳がポジティブな状態になり神経を通じて顔の筋肉に指令が出されるのですが、逆に先に笑顔を作ってしまえば脳に気分がいいと勘違いさせることも可能なのです。

 ポジティブに考える習慣を持つといってもどうやればいいのか分かりませんが、この本の中では上記のようないくつかの実践的な方法が具体的に説明されています。またこれらは精神疾患のない健康な人にも効果があるようなので私も試してみるつもりです。

 また、脳を再構築していく上でいい見本を持つこと、つまり目標にしたい人を見つけることも重要とのことで、その意味で普段からどんな人と付き合うかしっかり考えることを著者は強く奨めています。その際実に言い得て妙と言うべき表現を使っていたので下に引用しておきます。

 

「一緒に過ごす時間の最も長い5人を足して5で割ったのが、あなたという人間だ」

 

 尚私見ですが、この本には科学的に十分な検証が為されているのか怪しいと感じる記述がいくらかあるように感じました。でもコンセプトは斬新で明快ですので、全てを鵜呑みにせず自分で判断しながら読み進められるなら十分におすすめできる本です。今健康な人でも予防として読んでみるのも良いかもしれません。