脱力系ぷかぷかドイツ日記

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本)夜想曲集: 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語__カズオ・イシグロ__2009

 深い余韻の残る5つの物語。響きの良いことを安易に書いてしまわない抑制の効いた文体が特徴的。

 

 訳者あとがきで触れられていた翻訳にまつわる小話が面白かった。カズオ・イシグロほどの世界的な作家になると、長編小説を4〜5年かけて書き上げあげた後は、1年半から2年位は世界中を飛び回って新作のプロモーションをするらしい。もちろん小説を書く時間もとれなくなるから本当はやりたくないのだが、毎回出版社に無理やり駆り出される格好になる。そして海外で無数の取材を受けるうちに、自分の作品が翻訳でどう読まれるか(どのように訳されるか)を意識せざるを得なくなったということだ。この"インタビュー症候群"は、彼の文体にじわじわと影響を与えていった。カズオ・イシグロは英語で書く小説家だが(彼は両親は日本人だがイギリスで育った)、翻訳で消えてしまう英語独自の言い回しは極力避けるようになったらしい。

 ちなみに現代の日本人作家の中では村上春樹だけが世界中で読まれているわけだが、その理由は匿名性の高い小説を書いているからだという話を聞いたことがある。村上作品の主人公はどこだかわからない場所で(読み手がどことでもとれる場所で)、万国共通の自意識の問題について思い悩んでいる、と。良い悪いは別にして、それが読み手を選ばない世界文学を成立させているという話だった。そしてカズオ・イシグロの本作にもこれに通ずるものがあるように感じる。あくまで僕個人の感想だが本5編で共通している普遍的なテーマは、人生の分岐点に立つ人間が見る一瞬の心象風景のようなものだ。