脱力系ぷかぷかドイツ日記

脱力系ぷかぷかドイツ雑記帳

ヘッセン州の田舎町でデジカメの開発してます

”突然フルマラソン”は今年の大晦日に、やりません

去年の大晦日に偶然発見して、このおっさん結構すげーなと思ったブログ。一年経って急に思い出しました。"突然フルマラソン"なるものを来る大晦日に俺がドイツでやるとしたら、休憩の時の松屋の代わりはシュニッツェルのフライドポテト添えになるでしょうか(マラソン中には重い)

まあ、やらないんですけどね(笑)

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映画)町田くんの世界__石井裕也__2019

wwws.warnerbros.co.jp

 今月休暇をとって日本に帰国した際、往復の飛行機の中では映画を見ていて合計8本くらい見た内の一本が「町田くんの世界」。最高だった。見たあとにネットで調べて知ったけど、同名の少女漫画が原作らしい。不器用だけど純粋な思いやりを持った男子高校生が、周囲のすれた同級生や大人達を少しずつ変えていく話。最後にはこの男、恋をしたパワーで空まで飛んでしまう。

 飛行機の中では他に、ハリウッド映画とかの話題作もたくさん見たけど、小難しい知識やストーリーで視聴者を感心させようとする映画や、社会問題を背景にしたいかにも優等生が撮ったような映画ばかりで結構うんざりした。それらと比較すると「町田くんの世界」は明らかにシンプルだ。うるさい知識も時事ネタも目を引く映像技術もない。まともなストーリーすらもない。でもそこにはみっともないほどストレートな人間愛があった。思わず二回見てしまうほどに、熱くて、しょうもなかった。こんな映画を真剣に作る人達が日本にもまだいるということが嬉しかった半面、(変な言い方だが)先を越されている気がして悔しかった。というのも人を感動させる何かをしたい、と俺はいつも思っているから。特に、アホなことをして誰かを笑わせたり元気づけられたりしたら最高だ。そんな自分の理想に近いイメージがこの映画の中に描かれていた。

 

 人を感動させたいなら、まず自分が人一倍勇気を持って生きることだ。みっともなくてもいいし、間違えたっていい。そしてシンプルに生きること。とにかくどうでもいいことが多すぎる時代だから。現代人は「考えている」ように見えて実は「考えさせられている」ということがほとんどで、話題に挙がることはことごとく、ポストに入ってはゴミ箱に回帰するクーポン券のようなものばかりだ。そんな一時的(対症的)なものにいちいち気をとられていたら、その辺にたくさんいる河童みたいな大人になってしまうよ(頭部だけでなく)。俺は自分の場所にどしっと構えて、自分色に輝く星になりたい。人生は一瞬の、星の瞬きそのものだ!そして、映画監督の園子温は子供の頃全裸で外を歩いていたらしい!なぜ今ここでこんな知識を書いたのかはわからない、でも彼は子供の時からこの世界には実は何も(することが)ないことを感じていたのではないか。本物の感受性とは宇宙からのメッセージを受信するアンテナのようなものだ。

 映画のレビューになってないけど、そんなことには最初からやる気がない。とにもかくにも、星になりたい。星になりたい!くそくらえ!

 

 「町田くんの世界」は石井裕也監督の作品。「夜空はいつでも最高密度の青色だ」も石井監督だったみたいで、そういえばこれ映画館で暇潰しで見てその後ずっと余韻が残っていた。石井監督の作品、さかのぼって色々見てみようかな。

はじまりの日

 2週間前の金曜の夜フランクフルトから帰宅する際、駐車場から出るときに後方不注意で後ろに停まっていた車にぶつけた。駐車場内にガチャンと大きな音が響いた。通行人があーやっちゃったという顔でこっちを見ていた。車の中でしばらく動けなくなるくらいブルーになった。ただでさえ忙しいのに、自分で面倒を呼び込んだことに激しい怒りを感じた。車の持ち主は戻ってくる気配もなかったから、持っていたレシートの裏に電話番号を書いて、それをワイパーにはさんだ。そして自宅まで60キロの道のりをアクセルを思い切り踏み込んで走った。気が触れたように大きな音でファンクミュージックを流しながら。翌日車の持ち主から電話があった。僕は何度もアイムソーリーと言った。

 そしてその4日後は誕生日で、34歳になった。ここ数年は一歩一歩着実に進んできた。一方で途方もなくくすぶっているような気もずっとしていた。仕事自体は楽しくやっている。でも言葉は不自由だし、ドイツ生活に慣れるまである程度時間とエネルギーを必要とした。自分のやりたいことは制限せざるを得なかった。外国で働いて生きて、この先に何があるだろうとぼんやりと思うことがある。鏡の中の自分の姿や、友達との会話の内容の変化に、みしみしと音をたてて老いゆく自分を感じている。早く早く!と自分の中で声がする。今のペースじゃ間に合わない、と。でも一体どこへ向かっているのか?一つはっきりしているのは"海外で生活する事"自体はもともと目的ですらなかったということだ。

 昔20台の前半あたり、まだ学生だったころ、30歳になったら死んでもいいや、と本気で思っていた日々があった。僕は体の一部に手術の後遺症による軽い障害があって、その頃の僕は30歳になるあたりで徐々に生活に支障をきたし始めるだろうと思い込んでいたからだった。もちろんたまらなくつらかった。当時の自分を救ったのは、将来物書きになって障害と共に半ば引きこもりのように生きていくイメージだった。昔から憧れがある北海道のとある街に小さなアパートを借りて、誰とも口を聞かず、朝から晩まで文章を書く。アパートの周りには何もなくていい。雪だけ積もっていればいい。夜は煙草を吸って酒を飲んで寝る。物書きとして売れれば人生は続く。自分の体にはそのスタイルしかない、と思った。元気なうちは会社に勤めて、いつか来る北海道行きのために金を貯めるつもりでいた。当時そのイメージはしっかりと成立していたが物書きとしてやっていける自信があるわけでは全くなかった。実際にその計画を実行すれば、貯金が尽きたら死んでしまう。でもそうなっても構わないと腹からそう思っていた。あの頃に人間は皆自由なのだということを学んだと思う。そのイメージは僕に生きる力をくれた。どんなに辛いことがあっても、それは北海道の小さなアパートにたどり着くまでのただの過程に過ぎなくなった。しかしごまかしきれない一つの矛盾が心に暗い影を落とし続けた。北海道に行って物書きになる、そこまではいい。で、いったい何を書く?

 その頃のイメージは今でもまだ僕の中で生き続けている。でも僕は30歳になった年会社を辞めて、北海道ではなくフィリピンに語学留学に行った。それは予想に反して体の状態はまだそれほど悪くなかったので、そんな極端な"自殺"をする必要がないと思ったからだ。それと環境を変えて一旦全てをリセットしたかった。当時の開発の現場は忙しく、長時間労働の中で自分の人生のコントロールを完全に失っていた。フィリピンで英語を身につけて、海外の落ち着いた職場を見つけることに光明を見た。その後のことはそこまでいってから考えればいい、と思った。そして紆余曲折を経てドイツにたどり着いた。

 僕は自分らしい未来を今も目指して歩いているつもりだ。今回の事故でその事を改めて感じることになった。自分に対して感じた激しい怒りは、いつまで経っても始まらない"本当の人生"に対する焦りからくるものだった。

 その後だだだっと集中して事故処理を終わらせた。書類をひっくり返し、保険会社に電話し、被害者の方には改めて謝罪と保険証券番号を伝えた(幸運なことに車の修理は全て保険でまかなえる見込み)。終わってしまえば手続きはそう大変ではなく、あんなに憂鬱になる必要はなかった。何もない毎日の中のほんの数日が意味のない事故のせいでつぶれただけだ。それで上等だ、と思った。

 Youtubeで最近見たイースタンユースのライブドキュメンタリーの中で、吉野寿が発作で倒れて死にかけたとき、「こんなとこで死ぬのか、と思った」と言っていた。サビに行く前のメロだと思っていた"現在"は実はサビだったことに意識を失う直前に気づいた、と。その生々しさがしばらく僕の頭にこびりついた。でも後から、人間が生きて死ぬことが実際にはその程度のことであること位、ずっと昔から知っているような気もした。

 今はここにあるものをしっかりと見て感じていよう、と思った。本当の自分なんてここ以外にいやしないのだから。そんな当たり前のことに気がついた数日だった。それにこの生活の中に、生きがいを見つけないとも限らない。どこに行っていいのか分からないなら、どこにでも行けばいい。何を書いていいのか分からないなら、なんでも書けばいいじゃないか。

 仕事でもごたごたがあってアントワープまで緊急で行ったり、誕生日はなんやかんや大混乱で過ぎ去った。そして一昨日から連休に入り、散らかった部屋を掃除して少し落ち着いた。

 行くあてのない日々はどこまでも単調に続いていくように見える。それでも今日一人で店に入ってビールを飲んだら本当に旨くて、また頑張ろうと思った。今日が新しい自分のはじまりの日だ。失敗することを怖がらずに生きていきたいと思う。

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本)夏物語__川上未映子__2019

夏物語 (文春e-book)

夏物語 (文春e-book)

 

  この小説は精子提供をテーマに現代の世相を反映した作品です。主人公は30代の独身女性で、且つある事情で性行為ができないのですが、子供を持つことを望み精子提供の道を探りはじめます。私としては今までノーマークだったテーマですが、この小説をきっかけに現在は精子提供でものすごい数の子供が生まれていることを知りました。今はもうパートナーがいなくても、女性がそう望めばシングルマザーになれる時代なのです。

 女性が精子を手に入れる方法はいくつかあるようですが、病院や精子バンクの他に精子提供ボランティアがあります。つまり子供を望む女性に、赤の他人である男性が排出済みの精子を注入器具と共に渡すのです。たとえばこの記事の男性は26歳にして40人以上の父親(!)で、性病検査結果など精子のデータまでつけて無償で提供しているそうです。トラブルを避けるために匿名を通しているようですが。

times.abema.tv 私はモラルの議論については特に関心はありません。両親の間に愛がなければ子供はまともに育たないだとか言う人もいるのでしょうが、そんな事数えきれないくらい例外はあるのですから。当事者が納得するなら精子提供ボランティアに問題はないと私は思います。(もちろん、生まれてきた子供が大きくなって自分の出自をどう思うかは別問題ですが。これも今回の小説のテーマです。)

 それより私がひっかかるのは、親になる大人達のモチベーションです。この男性は自分が死ぬ前に「世界に何かを残したい」といって精子提供をはじめた、と言っています。そして女性側はパートナーを持つことをすっとばして、いきなり子供を望むのです。その体の半分が自分の知らないところから来ることになっても、です。こんな時代ですから、シングルマザーとして子供を育てることがとてつもなく大変であることは皆認識しているはずです。私は子供を持つことに関心がないので、彼ら彼女らはあまりに自分と違って、「本当には何がしたいのか」と正面切って考えようとしても、どうにもうまくいかないのです。。世界に何かを残したいと思うのは自然な発想ですか。そしてそれは誰のためなんだろうか。自分のため?子供のため?(批判しているのではありません。)

 全く話は変わりますが、この小説の中でNASAのボイジャー宇宙探査機の話が出てきます。この無人探査機は1977年に地球を飛び立ち、既に惑星探査のミッションは終えましたが、今も地球と交信しながら宇宙空間で飛行を続けており、地球から飛び立った人工物の中で最も遠い場所にあります。現時点で地球から二百億キロ離れているらしい。そしてボイジャーが物体(つまり恒星)とすれ違う間隔は数万年おきらしく、その間はただ暗闇が広がっているだけで本当に何もないらしいです。この小説の中である登場人物が昔父親にボイジャーの話を聞かされて、ボイジャーに比べたらお前の孤独など大したことない、だから元気を出せ、と度々言われたことを回想するシーンがあり、ここがとても好きでした。この場面で、ボイジャーが地球外知的生命体に向けたいわゆる"地球のタイムカプセル"を積んでいることも触れられています。黄金色のレコードの中には地球の自然や、人類の文化に関する様々な音や画像が納められています。遥かずっと先の未来に太陽が燃え尽きるときが来て、銀河系自体もなくなるときがやってきて、でもその時もボイジャーだけは銀河系の外側を直進するのです。地球に人類が存在した唯一の"記録"と共に。

 私は普段未来の世界について、あまり考える機会がありません。というか自分自身の将来のことさえ、意図的に考えないようにしています。それより今だけに意識を集中したほうが、物事が上手くいくことを学んできたからです。でもこの小説では子供の話にしろ、ボイジャーの話にしろ、死後の世界に対する想像や具体的な行動が、当人の今まさに生きている人生に分かちがたく影響する様が描かれていました。そして、誰しもが人生のどこかの段階でそういう想像力を持ち得るのかもしれないという(私にとっては)斬新な予感を、読み進める間中覚え続けました。

 私は子供が欲しいと思ったことはないけど、いつか気になったりするのかなぁ。。?もしくは例えばその辺にいる子供達の未来への心配が、自分の生き方を変えるかもしれない。今のところ私が考えることと言ったら、奨学金と車のローンは必ず払い終えて周囲に迷惑をかけずに死にたいということだけです。スケールが小さいですね(笑)

 ボイジャーのレコードには当時のアメリカ大統領の言葉も電子的メッセージとして収録されていて、これを読んだとき気持ちが軽くなった気がしました。人類が生きる意味が、このコンパクトな文章の中に絶妙に表現されていると思ったからです。

「これは小さな、遠い世界からのプレゼントで、われわれの音・科学・画像・音楽・考え・感じ方を表したものです。私たちの死後も、本記録だけは生き延び、皆さんの元に届くことで、皆さんの想像の中に再び私たちがよみがえることができれば幸いです。」

アメリカ合衆国第39代大統領ジミー・カーター 

引用元:ボイジャーのゴールデンレコード - Wikipedia

本)みずうみ__よしもとばなな__2005

みずうみ

みずうみ

 

 ずんぶん昔にデビュー作の「キッチン」を読んで感動してから、よしもとばななの小説はいくつか読んでいます。いつも思うけどこの人はあまり文章自体は上手くない。というかあまり練られていないのです。今回も本当にげんなりしながら読みました。作家でもなんでもない私が言うのもおこがましいですが、下手くそだなって(笑) でもいつも最後まで読みます。なぜならこの人はもとより、はっとするような心象描写で読者を引き込むタイプの作家(と勝手に思っているの)で、文章にははなから期待していないからです。

 

 話の筋を簡単にいうと、主人公の女性が昔とある宗教団体に誘拐されたトラウマを抱える男性に恋をします。この男性はほとんど人との接触を絶っているのですが、彼と同じように複雑な家庭環境で育ち親を失くしてひとりぼっちの主人公にだけは次第に心を開いていきます。

 小説の終盤に誘拐された過去をついに彼女に打ち明けるシーンの描写が絶妙で、彼は当時のことを以下のように語ります。

「誘拐されるってどういうことかわかる?誘拐した人たちを好きにならなくちゃいけないんだよ。そうしないと生きていけないんだ。」

 

 彼は子供の頃に誘拐され、さらに記憶を消され、人目につかない土地でその宗教団体と共に瞑想などのトレーニングをしながらあるまとまった期間を過ごしていました。そしてちょっとしたきっかけで自分が誘拐されたことを思い出すと、当然脱走を思い立つのですが、奇妙なことにそこで仲良くなった友達や表面的には優しい大人達を思い浮かべては、皆を裏切る自分はなんて薄情な奴なんだと自分を責めるのです。この部分は人間の弱った心が正常な判断を妨げる様をリアルに描けていると思いました。つまり脱走なんてうまく行きっこないこと、そしてうまくいかなかったら大変なことになるようなことを企んでいる自分を、自分でごまかしてしまうための心の防御反応なのです。

 

 私は特別な事件に巻き込まれなくても誰しもがこのような精神状態に陥る可能性があると思っています。例えばドイツに来る前日系メーカーで働いていた時、高圧的な部長の下に仕える5、6名の課長達は皆いつも終電近くまで残業していました。マネージャが遅くまでいると、当然部署全体が残業体質になります。こんな働き方おかしいって、どうしてどの課長も言い出さないのか。みずうみを読んで、当時感じていた違和感を思い出しました。そんな会社は辞めればいいと言う人もいるでしょう。実際私は辞めました。勢いだけでシンプルに決断できたのでラッキーだったんです。でも課長っていったら皆40歳はとうに過ぎていて転職は難しい立場です。仮に転職できたとしても待遇は確実に下がるでしょう。辞めたら家族はどうなる?自分がもし課長の立場だったら果たして辞める決断ができただろうか?

「自分が辞めたら会社はどうなる?」「いい歳こいて考えるのは自分のことだけ?」「こんなにやりがいのある仕事なのに」「あんなに親身になってくれる部長を裏切るのか?」

 

 読後に一つ思い当たったのは、上記のような言うなれば"社会に誘拐された”人は為す術なく立ちすくむのだろうけれど、そんな時でも体の中に色んな物語のストックがあればあるほどいいのだろう、ということです。誰かに相談なんかするより、病院に行って薬をもらうより、いつか読んだ小説を思い出すことが自分に力をくれることもあるのではないでしょうか。「誘拐されるってどういうことか分かる?」って記憶のどこかのその声が心のなかで響けば、自分が自分でいるための根本的な力が湧いてくるように思います。

 

 インターネットを開けばうんざりするほど文字があふれる今の時代になぜわざわざ小説なんか読んでいるのかふと考えてしまうことがあるけれど、今回ささやかなヒントを得られた気がしました。よしもとばななより文章がうまい小説家は世の中にたくさんいるのにも関わらずファンが多いのはきっと小説の持つ力を彼女自信が信じているからです。

自分らしさって、どんなことだったっけ

 早いものでドイツに来て、もう一年が経とうとしています。これまで心がけていたのは、今日一日の事だけに集中して朝起きてから夜布団に入るまでを駆け抜けるように終えることでした。先のことを考えても良い事なんてないし、慣れない国にいればなおさら不安が募るだけだからです。そして今ふと顔をあげればすぐそこに一年の節目が来ていた、といった具合です。この一年は生活を成り立たせる事に必死で、これといって楽しいこともなかったけれど、振り返ってみて思い出す大失敗もないのは順調なスタートを切れたということかもしれません。先月は無事に車を購入し、移動がずっと楽になりました。ドイツ語がしゃべれる数人の友達のサポートのおかげでなんとか予算内でまともな車を見つける事ができ、本当に感謝です。

 

 仕事も順調で、自分の現状のスキルと照らしてまあまあのパフォーマンスを出せていると思います。一年がかりでようやく一通りのワークフローを経験しましたが、外資系企業で働いている現在は日本企業時代と働き方が大きく異なります。まず一つは、プロジェクトの命運を握っている当事者としての意識を強烈に感じながら働いている点。欧米企業の特徴として各スタッフの役割が明確に定義され、互いの業務にオーバーラップする部分が少ないことがあります。つまり日系企業とは違って互いに助け合う文化が薄く、誰かがふがいない仕事をするとビジネスにダイレクトに影響することもあり得るということを意味します。なので日系出身の私にとっては、日々の何気ない仕事も結構怖いのです(笑)特に日系のパートナー企業との関係は全て私のコミュニケーションに依っていると言っても過言ではないので。でもその一方で誰も自分をカバーしてくれない代わりに、私の仕事にいちいち口出ししてくるうるさいおっさんもいませんが。

 もう一つは自分の存在価値を同僚にアピールするようになった点です。会議に出たら必ず発言し議論に貢献する。レポートをメールで出す際は私の仕事が正当に評価されるよう、評価に関わるスタッフを残らずccに入れる(ここだけの話、逆に言えば評価に繋がらなさそうな仕事は手抜きでやっています。このような嗅覚も生き残るために必要です。)。もちろんプロジェクトに貢献することを第一としながらですが、自分を同僚に認めさせることに(特に私のような移民は)無頓着であってはいけないのです。アメリカ企業ほどでなくともやはり実力主義の世界ですし、言語的にもビザ的にもハンデのある私の雇用契約はドイツ人に比べて脆いはずですから。欧州企業は残業をしないため体力的には凄く楽だけれど、その分日常がサバイバルで、独特の緊張感があります。

 

 ところで、生活も仕事も順調に進んでいて楽しいは楽しいのですが、何故かここ数ヶ月何か物足りないというか、気持ちがピリッと冴えない気がずっとしているんです。てきぱきと行動しているけれど、とらえどころのない無気力と闘っている状態。充実しているはずなのに何故?考えてみるに、やっぱり頭のどこかで孤独を感じているからでしょう。周りに日本人はおらず、仕事で日系企業とやり取りする場合を覗けば日本語を話す機会はないので、ストレスがたまるのは当たり前なんです。そんな外国人ばかり(自分から見れば)の環境の中で暮らすことによって、日本でドメスティックに形づくられた"自分らしさ"が、今激しく揺らいでいるのだろうと思っています。日本人同士のコミュニケーションの中でプライドをかけて選択し発してきた言葉や、ぎりぎりをきわどく狙っていく笑いのツボの攻め方(?)やらなんやら、そんな日本人的ディテールは、移民がひしめくコミュニティの中では簡単に無効になってしまいます。個々人が違いすぎて、またその違いの幅も広過ぎるから、私のセンスは彼らには伝わらない。つまり日本にいた頃からは性格を変えないともうやっていけないのです。

 実は私は、国境なんて意味が無いようなこれからの時代に多くの人が私と同じ壁にぶつかるのでは、と思っています。つまり、インターナショナルな環境の中で自分らしさをどう再定義するのか?ということです。当たり前ですがこれは小手先ではどうにもならないでしょう。私の見解では必要なのは、インターナショナルコミュニティにおける文化的共通項の把握と理解、個々の発言の歴史的背景を汲み取る知識と洞察力、トライ&エラーで手応えを掴む勇気とそれを繰り返すための長い時間、世界中の人の心の琴線に触れる絶妙な言い回しを可能とする抜群の英語力、あたりです(多い)。母国語以外の言語で外国人と本当に分かりあうことなんて土台無理な話だという人もいるけど、やってみなきゃ分からない。少なくとも"純日本人的自分らしさ"に甘んじるような楽な方向に逃げたくないし(というか、正確に言えばその方向は実際には楽じゃないから行きたくない、というのが私の直感)、焦らずじっくり時間をかけて、人や文化を眺めていこうと思います。そしてあわよくば、より普遍的な自分が見つかればいいな、と。

 

※先月購入した中古のフォルクスワーゲンのポロ↓

初日にいきなりバッテリーがあがったり、壁にぶつけてナンバープレートが曲がったりトラブル続きですが笑、運転はもともと好きなのでこれから遠出するのが楽しみです。車の技術にも興味があるので、ゆっくり勉強していくつもりです。

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我慢の限界 ~リライトのメロディーに乗せて~

 ドイツ生活における最大の苦しみは食生活だと思います。外食をするにしても日本人にはイマイチな場合が多々あり、日本食レストランは残念ながら近所にありません。回転寿司店がかろうじて近くにありますが、シェフは日本人ではなく(東南アジアの方?)、ネタは魚ではない訳の分からないものが多数回っており、日本人には近づきがたい雰囲気が出ています。そろそろ我慢の限界に到達しつつあるので、アジアンカンフージェネレーションの「リライト」のメロディーに乗せて想いを綴ってみました。

 

「リトライ」

期待のお寿司を吐き出したいのは
具材の食感がありえないから
スリムなはずの僕の腹囲は
「ソーセージ」と「地ビール」で膨張してるよ

挟んだベーコンを消し去りたいのは
塩分の限界をそこに見るから
「日清」過剰な僕の皿には
強烈なレッドペッパー(注1) 漬物がないよ

ケツいてー リカバリーしてー
雲の向こう一風堂
忘れられぬそば・うどんを
寿司ビュッフェー 来独してー
意味のない想像もキッチンに立つ原動力(注2)
オリジンの惣菜をくれよ

見栄えしてた菓子パン硬くて萎えて
所詮ただタイ米しなびて萎えて

崩れたケバブを
水分のない手羽を
替えてー リトライしてー
具沢山 上天丼(注3)
忘れられぬ明月館を
新規開店ー ドイツ支店ー
意味のない想像も帰国を延ばす原動力
全身全部位をくれよ 
牛のー 
モーモー ジュージュージュージュー(注4) 


1)日本から持ってきた一味
2)料理を練習する意気込み
3)てんや
4)鉄板で焼いてる音

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