ぷかぷかドイツ日記

ドイツに移住した30代エンジニアのぷかぷか日記です。

よこがお (2019)

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周囲からの信頼も厚い訪問看護師の市子は、1年ほど前から看護に通っている大石家の長女・基子に、介護福祉士になるための勉強を見てやっていた。ニートだった基子は気の許せる唯一無二の存在として市子を密かに慕っていたが、基子から市子への思いは憧れ以上の感情へと変化していった。ある日、基子の妹・サキが失踪する。1週間後にサキは無事に保護されるが、誘拐犯として逮捕されたのは意外な人物だった。この誘拐事件への関与を疑われたことを契機に市子の日常は一変。これまで築きあげてきた生活が崩壊した市子は、理不尽な状況へと追い込まれていく。(C)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

ジャンル

サスペンス

監督

深田晃司

主演

筒井真理子, 市川実日子, 池松壮亮

 予算がないのか制作費はかなり安そうだか(笑)、映画の出来は良い。最後まで特に見せ場という見せ場はなく、淡々とストーリーが進むのが心地よかった。

 ある事件をきっかけに、それまで善良に生きてきた主人公の穏やかな日常が壊れてしまう。きっかけは主人公の責任外のところで起こり、その後の偶然や些細な判断ミスによってじわじわと事件に巻き込まれていく、という展開はこれまでの映画にありそうでなかったように思う。自分が気がついていないところにも危険因子はそこらじゅうにあるのだと思うと、世界の見え方が変わる。筒井真理子は人が少しずつ狂っていく様を生々しく演じていて素晴らしかった。特に犬の鳴き真似をするシーンがヤバい(笑)

英語なんてどうでもヨッシー

 今勤めている会社はドイツ系なので、社員の中の日本人は私1人なのですが、私が入社した時にはもう一人技術顧問のような形でベテランの日本人エンジニアが在籍しておられました。この方は画像処理の分野で数々の業績を残し、業界では名の知れた優秀なエンジニアでした。私にとって大先輩にあたるその方は既にリタイアし日本に帰国されましたが、今でも付き合いが続いており大変ありがたい限りです。

 私が入社して間もない頃、そのDSP(大先輩)と話しているとき、ぽろっと英語に自信がないことを漏らしたことがありした。その時の返事が今でも私の頭にしっかり刻まれています。DSPは「英語なんてどうでもいい」と言いました。(すみません、どうでもヨッシーとは流石に言いませんでした。還暦過ぎてる方なので)

 会社の業務はローカルに閉じた部署でもない限り、そのほとんどが英語で行われます。メールも英語で書かなければ公式文書とみなされません。その理由はドイツ国外の企業とも取引する必要があるためですが、社員の構成を見てもドイツ人はせいぜい7割程度で残りはかなりインターナショナルです。(そのような訳で私の場合は仕事でドイツ語が必要になる場面はありません。)

 ドイツ人は英語ネイティブではないといえどもやっぱり母国語が英語に似ているため、かなり流暢に英語を話します。TOEFLを受けたら、おそらく社員のほぼ全員が余裕で100点オーバーでしょう。一方私は30歳から英語の勉強を始めて(それまでは底辺レベル)、それから3、4年結構頑張ってきましたがそんな程度じゃそもそも彼らにはかないっこありません。私が思うに、帰国子女のようによほど英語が堪能な人でもなければほとんどの日本人は、外資系企業のミーティング中には発言することをためらってしまうはずです。猛烈なスピードで英語が飛び交う中、その白熱している議論をさえぎって下手くそな英語をしゃべることになるのですから。周囲との強調を重んじる普通の日本人的マインドではこんなこと絶対不可能です。これが、私が入社して1番最初にぶつかった壁でした。

 一方DSPはまさに豪腕エンジニアと呼ぶにふさわしく、こてこてのジャパーニーズイングリッシュの発音で臆せず発言しいつもドイツ人をやっつけていました。DSPの発言の仕方は、「このくらいまでしゃべれば言いたいことがなんとか通じる」という絶妙の水準を保って話し続ける、といったイメージです(ドイツに10年以上住んでいらした方ですし、もちろん私に比べれば英語力自体も全然高いのですが)。私はDSPの話し方を見て英語力とコミュニケーション力は別物であるということを学びました。そしてそんな人が「英語なんてどうでもいい」と言ったから私にとって大きな説得力を持ったのです。今から振り返れば過去の私が細かな文法の知識を覚えたりしていたのは、随分とずれた勉強をしていたのだなと思います。DSPはそんなちまちましたことを吹き飛ばすように、時には身振りや表情で、時にはキーワードのみを投げるだけで、テンポよく会話するのです。実に見事としかいいようがない。(もちろんそれはエンジニアとしての実力に裏打ちされてもいるのですが)

 上記の学びに加え、近頃の私は自分を奮い立たせるための"勇気の言葉"を見つけました。それは「話す内容が1番大事」です(普通ですね)。ミーティング中にこの言葉を頭の中で呪文のように唱えて、覚悟が決まった時一気に発言を始めるのです。今から大事なことを話すから、俺の下手くそ英語をちゃんと聞け!って(笑)(←我ながら必死だなと思う)

 DSP曰く、昔私に似た人がいたようで、その人は韓国からインターンシップに来た学生で、卒業後はエンジニアとして入社することを希望していたそうですが、英語に不安があり入社する前に語学留学をするべきかどうか悩んでいたそうです。でもその学生は入社後やりたいことが既に明確になっていたようで、そこでもDSPは「そんなどうでもいいことに悩んでいるんじゃない!さっさと技術者になってやりたいことを始めろ!」と力説したらしいです。

 当たり前ですが人生における方法と目的があるなら、大事なのは目的の方です。短い人生の中で幸運にも目的を見つけられた人が、方法のためにわざわざ遠回りする必要はない。それがきっとDSPが言わんとしたことでしょう。目的が定まればボディランゲージでも絵を描いてでも何でもしてそれに近づけばいいのです。その際に英語をしゃべっても別に構わない、というだけのことです。

 矛盾するようですが、私自身仕事中にいつも歯痒い思いをするせいで、英語はやっぱり超重要で上手いに越したことはないと強く感じています。なので、今でも音読やリスニングなどのトレーニングは続けています。でも一方で「語学学習をするためにここに来たのではない」ということを頭の片隅に入れておくことも大事だと今は思っています。

 

ドイツ式コロナ対策↓

お湯出ないじゃねーか(駄)

 一昨日の夜10時頃、歯を磨いている時に水道から水しか出ないことに気づいた私は、人知れず怒りに打ち震えていました。風呂入れねーじゃねーか。4月に入り暖かくなってきたとはいえ、真水は流石に無理。いつも通り夜の一人オクトーバーフェスト(酒を飲みながらドイツ語を勉強する時間のこと)を終え、あとは風呂に入って寝ようかというところだったので、絶望感がすごかったです。

 ドイツのアパートでは大体どこでも、共用部にある大きなヒーターを湯沸かしシステムの熱源としているようです。それが故障したのであれば同じアパートに住む他の住民も皆お湯が使えないはずなので、誰かが大家さんに連絡することを期待し、私はおとなしく寝ることにしました。というのも私は先月も大家さんと少々揉めていたので、もう話をしたくなかったのです(笑)

 今年2月にキッチンの換気扇が壊れていることに気づいて(入居した時から既に壊れていたのだけれど、それに気付くまで一年半を要した)、大家さんに修理をお願いしたところ、オッケーと返事が来たのにも関わらずその後ずっと放置され、何度も催促したおかげで険悪な空気までが流れ始め、先月ようやく業者を手配してくれたのはいいのですが、絶妙のタイミングでコロナパンデミックが始まり自宅訪問日程の目途立たず。というわけで現在また振り出しに戻りました。おかげで私は今換気扇なしで自炊しています。匂いが強いのは作れないので、私の貧弱な料理レパートリーではほぼ毎日野菜炒めか野菜鍋(野菜を切ってお湯に入れるだけの料理)を作ることになってしまいます。

 というわけで朝起きたらお湯が出るようになっていることをかすかに期待して寝たのですが、翌朝に試してみるとやっぱり水しか出ない。それが朝の7時くらいで、普段はもう起きてる時間なのですが、1日半以上風呂に入ってない状態で今日を生きられる訳ないだろと思い、またふて寝したため昨日は合計で12時間くらい眠ることができました(笑)

 で、結局11時くらいに起きたのですが、なんでかというと取引先から仕事の電話が来たからです。寝ぼけているところにいきなり英語でプロジェクトの詳細に関する話が始まったので頭が非常に混乱しました。それでもなんとかその場をしのぎ、そして電話を切った後内容を頭の中で整理してみた結果、私はまたしても怒りにうち震えることになりました。というのはその電話での問い合わせ内容はどう考えても私の仕事と無関係だったからです。担当の奴は何やってるんだ?

 思えば先月末あたりから私に対するこのような取引先からの無茶振りが度々あります。今はコロナ騒ぎの影響で会社のオペレーションを縮小せざるを得なくなっており、社員は皆時短勤務になっています。そのため会社から勤務日として前もって指定された日以外は、平日でも強制的に休暇をとることになっているのですが(もちろん給料も下がります泣)、それをいいことに他の同僚達はどうも取引先と協議中だったトピックもそのまま放置してくれているようなのです。

 業界の都合上、うちの会社の商品に搭載されるキーデバイスの多くは日系メーカーから供給されています。前述の電話も日系メーカーのドイツ支社からのものだったのですが、形式上全日系メーカーとの技術交渉窓口となっている私のところに(私が直接絡んでいない内容であっても)同僚により放置されたトピックに関する問い合わせが回ってきている状態になっているようです。

 私の経験上、日系企業での常識としては普通、担当者は短縮勤務等いかなる事情があったとしても、取引先とのビジネスに影響が生じないよう主体的な配慮をするのが当然です。緊急の案件があればメールの処理くらいは勤務外の状況であろうと会社の目を盗んでやっているものです。でもドイツ(広く欧州)では全く異なり、会社が休暇と決めたのであればそれが絶対で、もし業務をストップしたことによってビジネスに影響が出ればそれはマネジメントの責任ということになります。この辺はまさに欧州的というか、資本家を打ち倒してきた歴史を持つ民族の考え方が如実に出て来ます。(もちろんこれは傾向の話で、この辺の配慮をちゃんとするドイツ人もいますよ)

 でもそんな事取引先からしたら関係ないし、特に日系パートナーからするといきなり議論がストップした時は、どういうことなのか訳が分からないのです。その結果、日独間の交渉における文化ギャップを埋めるべく雇われている(と思われている)私のもとに、「誰々さんに連絡がとれないのですが~」という問い合わせが舞い込み、私はサンドイッチ状態の中1人苦しむことになります(泣) ※実際には私はいち開発者であり、取引先への窓口業務はメインの職責ではありません

 しょうがないから、電話の内容を伝えるため社内の関係者に急いでメールを打ってみたところ、案の定ccに入れていた野次馬のような輩から「今日は勤務日なのですか?」というメールが来ました。だから、、ちげーよ(笑)

※ちなみにお湯の件は予想通り誰かが大家さんに連絡してくれていたようで、昨日の夕方くらいからぬるーいお湯が出始め、約2日ぶりに風呂に入ることができました。いやー本当に良かった。

適当でヨッシー

 保坂和志が最近のインタビューで語った彼の作家生活についての話が面白かったので、ちょっと思ったことを書いてみます。

 ベテラン作家となった彼にとって今や小説を書くことは二の次だということでした。では彼の第一の仕事は何かといったら猫の世話をすることだそうです。そして彼曰く「小説よりも猫のことを良く考えた方が、上手く小説が書ける」ということでした。面白いのは、別に彼の小説では常に猫が登場するという訳ではない点です。ちなみに、猫が家の外に出かけていってしまったら、それに代わる第一の仕事を必死で見つけてこなくてはならないそうです(笑)

 ビートたけしも以前似たようなことを言っていました。私は彼の映画のファンなのですが、彼は映画とお笑いの他に趣味で絵も描いています。(個展も開いていて、見てみると結構面白い絵があります。)ある時単なる遊びのつもりだったのが、ー周りに褒められたりして、自分には才能があるのではないか?と思ったのでしょうー 絵を”本気で”描こうとしたことがあるそうです。ピカソを超えてやる、と気合を入れてキャンバスに向かった。すると急に何も描けなくなったという話です。

 芸術家が芸術家らしくあろうとすること、言い換えれば深淵で崇高な仕事をしようと試みることは、例えるなら太陽がどんな姿形なのかを肉眼で直接見ようとするようなものなのでしょう。そんなことをしても眩しすぎて見えないだけでなく、ずっと見つめていると目を傷めてしまいます。ビートたけしのところには若手芸人がたまにやってきて「弟子にしてください!死ぬ気で頑張ります!」とやるそうですが、彼曰くそんな奴は絶対売れないそうです(笑)適当にやるから面白いんじゃないか、なんでそんなこともわからんのか、ということらしい。この話を覚えておくと、めんどくさい仕事を”うっちゃって”しまいたいときに自己正当化するのにも役立ちます(笑)

 適当ということで思い出すのが、一昨年の春ドイツのビザの申請で大阪に行った際、ついでに演芸場に遊びに行った時のことです。その日よしもとは既に行ったことがあるからということで松竹の寄席に入ったのですが、その回は芸人が5組くらいに対し客も5人くらいでした(笑) 2番目あたりに出てきた無名且つやる気のなさそうなピン芸人が語った話によると、平日の松竹演芸場では客が5人というのは普通とのことで、芸人は皆ネタ中に客の顔を覚えてしまうので、外を歩いていると芸人の方から客に「さきほどはどうも」と声をかけてくることがあるから注意してくださいということでした(笑) また、客が少ないとネタ中に芸人が客に話しかけることも多いのですが、外で偶然会った時「さっきのあなたの返し面白かったです」と芸人が客を評価することもあるという話でした(笑)

 プライドもくそもない、このくらい適当にやっていけたら楽しいかもしれませんね(笑) 適当というのは想像以上に大事で、ある場合にはパワーを持つのです。その日演芸場で見たその他の良く作りこまれたネタなんて全部忘れてしまったのに、この話だけはずっと覚えてますから(笑)

 

ドイツ語版スラムダンク購入↓ 語学学習も適当にやろう!私はドイツ語に関しては酒を飲みながらしか勉強をしないことにしてから、逆にはかどるようになってきました

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マイノリティとして生きること

 最近のコロナ騒ぎの中でふと思い出したのは、昔読んだ阪神淡路大震災の後の幸福度調査に関する記事についてです。これは不思議な話なのですが、震災が起きた後被災者達にアンケートをとったところ震災前の日常に比べて幸福度が向上したという調査結果が出たらしいのです。それに対し専門家がどんな考察をしていたかまではもう忘れてしまったけれど、私が思うに避難生活や復興作業を通して普段は感じられなかった人の温かみに触れられたからではないかと予想しています。もちろん震災の被害は甚大でしたしそんなことは起きないに越したことはないのですが、互いに痛みを分かち合える者同士が協力して作業を進めていく過程で絆が生まれるというのは分かる気がします。

 別に天災や疫病の被害に合わなくても、自分が苦しいときに誰かが言ってくれた何気ない励ましがその後の人生を支えるかけがえのない言葉になることがあります。特に私自身の経験から思うのは、社会的弱者・マイノリティ(天災にあうことはもちろん、病気、身体的コンプレックス、LGBT等々なんでも)の立場にあり自分ではどうしようもない問題に苦しむ人は、自分と同じ問題を抱える誰かを見つけたらその人に親近感を感じ、その人の言葉に耳を傾けるようになる、ということです。また、その人が世の中で活躍すれば自分のことにように勇気をもらえるものです。

 私の場合、大学生の頃にTVで偶然見かけたある研究者のことを今でも心の支えにしているところがあります。当時の私は数か月前に受けたある手術の後遺症のことで非常に落ち込んでいました。今思えば大したことないのですが、この障害と一生付き合っていかなくてはならないと思うと当時の若い自分にとってはどうしても受け入れられませんでした。その番組では私と似た障害、というかもっとずっと重度の障害を持ちながらも世界の第一線で活躍する研究者を取材していて、その方は同じ障害をもつ人達のためのバリアフリー技術を研究している、ということでした。その方の目標に向かってまっすぐに生きる姿や、言葉の隅々に宿る純粋な魂のようなものはあの日の私にとって暗闇に差す光そのもので、食い入るようにその番組を見ました。自分はひとりじゃないと思えたことが何よりうれしかったです。私の場合、そこまで追い詰められてようやく世界と繋がったという気がしました。あの日から十数年が経った今でも私は(もう誰も覚えていないであろう)そのドキュメンタリー番組のことを度々思い出すのです。

 会ったこともないその研究者が今もどこかで生きている、と思うだけで腹の底からエネルギーが沸いてくるこの感じ。こんな風に尊敬する人と日々の生活の中で出会えた人は幸せですね。でもそれが私が経験したようにTVの向こう側の人でも、あるいは好きな本の著者でも、YouTuberでも、どんな形で出会ったっていいと思います。たとえその尊敬の念が一方通行で生涯伝わらないとしても、心の中で共に生きていくという感覚です。そんな風に本を読み、人と話し、ネットを徘徊し、世界を見つめて生きていけたらいいと思っています。(ちなみに会ったこともない誰かを尊敬しその人に学ぶことを古い日本語で私淑(ししゅく)する、というそうです。)

 今のコロナパンデミックの混乱の中で、ヨーロッパだけでなくアメリカでもアジア系移民(特に中国人)が差別を受けている、と報道されています。第二次世界大戦前の雰囲気に似ている、という恐ろしい書き込みもありました。私にとって他人ごとではないし、同じ境遇の人達で協力してこの状況を乗り切るしかないと思っています。今辛い思いをしている人は少しでも自分の気持ちを誰かに伝えてみれば共感してくれる人も出てくるかもしれません。マイノリティとして弱い立場に立たされた時に大事なことは、”そういう時にしか見えないものがある”と考えることです。

コロナやばいぜ from ドイツ ②

 この辺りでは外出禁止令こそ出ていないのですが、私も例に漏れず会社から自宅待機を命じられておりずっと家で引きこもり生活を続けています。先週末の時点で5月末までの勤務について会社から判断が下されました。まず今週からイースター休暇までの2週間は会社のオペレーションを全面的にシャットダウン、社員は強制的に休暇となりました。イースター休暇明けから5月末までは時短勤務となりますが、なんと週に一日の勤務しか認めないとのこと!なんだそりゃ!とにかく、これから6月までの2か月間ほとんど仕事をせずに家で過ごすことになりました。状況次第ではこれが最長で8月まで続く可能性もあるとのこと。こんなに長くて何もすることがない春休み(夏休み)は人生で後にも先にも今回だけでしょうね。人と話すこともなく2か月も家に引きこもっていたら心の病気になってしまうかもしれないので、、2つ目標を立て行動することにしました。

 まず1つ目が、料理。これまで基本的に会社に行く日は社食でしっかり栄養のあるものが食べられたのですが2週前に在宅勤務を命じられてからというもの本当に困っていたのです。コロナ対策でレストランも閉まっているし。。スーパーでパンとかパック詰めの野菜とかを買って適当にしのいでいたのですが、同じ食生活がこれから2か月続くと考えると流石に憂鬱なので、この際基本的な料理を作れるようになろうと決意しました。実は一年くらい前に同じ決意をしその時は道具をそろえるだけで終わったのですが、そのおかげですぐに料理を始められる状態になっていました(笑)ドイツのスーパーは日本と比べても食材(特に野菜)や調味料の種類が豊富なので料理が好きな人にとってはいい環境ですが、いかんせん全てがドイツ語表記なので出だしから非常に苦戦しています。鍋のだしとか塩コショウに相当するものは未だにどれなのか分からないし、サラダに使うシーザードレッシングだと思って買ったのはタルタルソースでしたー!(笑)

※余談ですがこういうドイツ語が読めないが故の買い間違いあるあるはよく聞くのですが、1番ひどかったのは半年くらいシャンプーで皿洗いをしていたことに気が付かなかったというもの(笑) (これは私の友人の経験談なのですが、逆じゃなくて良かったですね。そしたらもう今頃彼の髪の毛はないでしょう。) まあ全体的に、買う前に辞書で確認すれば済む話なのですが(笑)

 今はこんな風に全てのステップでつまずきながらですが、YouTubeを参考にしてなんとか料理をしています。今から2ヶ月後には少しはまともになっているかな!?

 2つ目の目標は仕事関連ですが、OSをきちんと理解しようというもの。特にデジカメ等の組み込みシステムに使われるリアルタイムOSとファームウェア周りの勉強を始めました。私の本来の専門領域は画像処理系のハードウェア開発なのですが、上記のような下層側のソフトウェアに対する理解の必要性を常日頃から感じていたからです。近年のシステムLSI開発では高機能化による回路規模の増大により、複数社でIPコアを共用することによって製品単価を下げることが常套手段になっています。(この辺りの他社との交渉はマネーゲームとも言えるような政治的なもので、たくさん金を出した会社が優先的に要求仕様を入れられます。)そしてもちろんハードウェアについてまわるファームウェアとOSの実装も他社と協業することになるため、往々にしてハードウェアの仕様と一緒に議論されるのです。これまではこのようなソフトウェアの話は正直私の専門外のため、ブラックボックスとはいかないまでもグレーな領域で、時折ハッタリをかましながらやっている状況でした(笑)

 エンジニアだったらきっと皆こういうグレーな領域があるのでしょうね。私がこれまでの経験上重要だと感じていることは、グレーな領域がありながらも(教科書を開くのではなく)まず議論の中に飛び込んで大きく雰囲気を掴んでくる、という姿勢です。これは一つのスキルと言っていいかもしれません。もちろん完全にブラックボックスだとこんなことはできないのですが、概要を知っているなら議論に突っ込んでいってやいのやいのと適当をかましながら、その中で「あの言葉はこういう意味だったのか」「この話とあの話はこう繋がっていたのか」と学んでいけばいいのです(笑) その時、そんなこと当然もともと知っている、というどや顔をするのを忘れてはいけません(笑) それからもう一点、周りがなんでも知っているように見えても、それに騙されてはだめです。大体皆同じようにハッタリをかましているだけですから(笑)

 とはいいつつも、これから2か月暇だしこれまで放置していたソフトウェアの方もちゃんと勉強してみようというわけです。今でも組み込み系システムではLinux単独で動いているわけではなくリアルタイム処理が必要とされるブロックについてはμITRONを使っていることがほとんどです。Windowsのように名前が表に出てこないので知らない人も多いのですが、世界中で使われているこのμITRONというOSは実は日本製で、東大の坂村氏によって開発されたものです。学部3年の時に坂村氏が書いたコンピュータサイエンスの一般向け書籍を読んで感動した経験は今から思えば私が工学の世界を志すきっかけの一つになりました(その当時は理学部物理科所属)。μITRONと聞くと学部卒業後の進路をどうするか考えていた頃のざわざわした気持ちを思い出します。

タロウのバカ (2019)

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主人公の少年タロウには名前がない。彼は「名前がない奴はタロウだ」という理由でそう呼ばれているだけで、戸籍すらなく、一度も学校に通ったことがない。そんな“何者でもない”存在であるタロウには、エージ、スギオという高校生の仲間がいる。エージ、スギオはそれぞれやるせない悩みを抱えているが、なぜかタロウとつるんでいるときは心を解き放たれる。大きな川が流れ、頭上を高速道路が走り、空虚なほどだだっ広い空き地や河川敷がある町を、3人はあてどなく走り回り、その奔放な日々に自由を感じている。しかし、偶然にも一丁の拳銃を手に入れたことをきっかけに、それまで目を背けていた過酷な現実に向き合うこととなる。やがて、誰にも愛されたことがなく、“好き”という言葉の意味さえ知らなかったタロウの内に未知なる感情が芽生え始める……。(C)2019 映画「タロウのバカ」製作委員会

ジャンル

ドラマ

監督

大森立嗣

主演

YOSHI, 菅田将暉, 仲野太賀

 あらすじを読むと切ない青春物語のようだが、もっと簡単に言えば3人の若造が学校にも行かず、目に映るものを片っ端から破壊し、人を殺し、やりたい放題に暴れまわる話。映画の冒頭からもういきなり、自分も昔感じていた理由のない怒りのようなもの(そして今もまだ形を変えて体の中にきちんと潜んでいるそれ)がフラッシュバック&シンクロナイズしてたまらなかった。

 柔道のスポーツ推薦で高校に入ったエージ(菅田将暉)は、高校を辞める日に元気よく「こんにちはー!」と柔道部の練習場所に喧嘩を売りに行って、盛大に投げ飛ばされまくるシーンがあるのだけれど個人的にはそこが一番良かった(笑)その後学校に行ったことがないタロウは、エージからもらった歴史の教科書(もう学校辞めたからタロウにあげた)の戦争についての記述のあるページを見ながら「死んだらどうなる?」とエージに質問する。

「どうもならん。まっくら。」

「死ぬときどんなに苦しくても声出さずに死ねる?」

「バカ、どうせ死ぬんだからどんなに苦しくたっていいだろ」

「そうだな」

  これ、本当か?どうせ死ぬんだから、苦しくたっていい。理屈が通っているような、通っていないような。というかこの会話で合ってたっけ。なんか違うような(昨日観たのに思い出せないってやばくない?酒のせいか?)

 監督のインタビューによると、数年前の相模原の障害者殺傷事件が彼にもたらしたショックが遠い所でこの映画と結びついているらしい。犯人は被害者のことを「生きている意味がない人間」と言ったらしく、それは“意味”や“価値”でがんじがらめの現代社会が言わせたともいえるかもしれない。そんな危機感を爆発させるように行き場のない(そして意味もない)乱暴行為をはたらく若造の姿は、観ていて爽快なほどだ。狂った映画のようでも、モチーフはまっとうな気がする。