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本)一人称単数__村上春樹__2020

一人称単数 (文春e-book)

一人称単数 (文春e-book)

  • 作者:村上 春樹
  • 発売日: 2020/07/18
  • メディア: Kindle版
 

 村上春樹6年ぶりの短編集。読み進めるほどに現実と虚構の境界がぼやけていく。

 人生は選択の連続で、右か左か選ばないといけない場面は頻繁に訪れる。もし右に行けば、右に行った自分が現実の自分になるけれど、"左に行くはずだった自分"も観念として自分の中に生きている。そして良くも悪くも現実の自分に影響を及ぼし続ける(誰しも経験があるだろう)。昔の記憶や思い出だって、もう二度と繰り返されることはないのだから、現在から見れば単なる観念であるとも言える。そう考えると現在の自分が主観的に世界を捉え生きているような気がしても、実は観念的な自分も時空を越えていくつも存在していて、それぞれが一人称的に世界を捉えている。そしてその合成物として立ち上がる世界(=今、目の前にあるこの世界)もまた時に現実か観念か曖昧なものだ。

 自分でも何書いてるのか分からないけど(笑)、『一人称単数』というタイトルの由来はそんな感じかなあ、、?

 『村上ラジオ』で聞いた話だけれど、村上春樹は眠っているときに全く夢を見ないらしい。その事を心理学者の河合隼雄氏に相談したところ、「起きながらにして夢を見るのが、小説を書くという事なんじゃないか。だから代わりに寝ている時は夢を見ないんじゃないか」とコメントしたそうだ。なかなかトリッキーな発想である。

 

 この本にある全8編のうち、『ヤクルト・スワローズ詩集』だけ村上春樹自身の体験に基づいて書かれたエッセイのような構成になっていて、スワローズファンとしての彼の遍歴が綴られている。今も昔も頻繁にスワローズの試合に足を運んでいる彼にとって、東京で家探しをするときの条件は神宮球場に近いことらしい(笑) 大学生の頃から一人で神宮球場に行って当日券を買い、外野席でビールを飲みながら試合を観戦していたとのことだ。芝生に寝転んで時々あてもなく空を見上げては幸せを感じていた、らしい。なんかいいね(笑) そして、彼は28歳の時にいつものように芝生に座ってスワローズの試合を眺めているときに「そうだ、小説を書いてみよう」といきなり思い付いたのだ。そこから全てが始まった。これぞ自由人といったエピソード。小説家にとって、自由というのは重要な才能の一つなのかもしれない。